より少ない生き方_ものを手放して豊かになる
「新ミニマリズム」旋風を巻き起こした全米ベストセラー、日本上陸
なるほどこれは読まねばなるまい。いささか旧ミニマリズムなるものさえ実践出来ていないものの、気になってしまうものは仕方がない。
自分で言うのもなんですが、私の本の読み方は変わっています。
例えば小説。みなさんはどこから読みますか??
普通は最初から読みますよね。わたしは、
「あとがき」と「解説」をまず読みます。
推理小説であろうが、恋愛小説であろうが、まずはあとがき。
不思議なもので、どうしてこんなネタバレを先に読む癖がついているのか、全く記憶にないのですから非常に困ったものです。おそらく幼少期の私は知らないことが許せなかったのでしょう、と自己肯定しておきます。
はなしは若干それましたが、今回の本のような自己啓発書(この括りであっているのか)の場合も例外なく、あとがきや訳後の解説を先に読みます。
この方が筆者がなにを良いたかったのか掴めるような気もしますし、そうすることで読む箇所にメリハリをつけることにも繋がります。
次に目次。正直ここで興味を引くものがなかった場合、私はその本を読みません。
「知りたい情報が得られるか」
「新しくわくわくすることが知れるか」
そういった視点で本を読んでいかないと時間の無駄とさえ感じてしまいます。
(実際、自己啓発本の類のものは全体的に俯瞰すると同じことをリフレインしていることが多いですし)
こうして、目次から好きなところだけを読んで、あとがきに記載されていた内容とあまり相違がなければ、そこが筆者が言いたかったことなのでその本の役目はおしまいです。
今回の本の場合は「新ミニマリズムについて知る」目的で購入したので、ざっと目次を見た感じどれも興味を引きました。
もっとも、こういった海外の本の場合、例示が多いので、やはりメリハリが大切ですね。
以下、少し挙げていきますね。
ものを手放すことで得られるメリット
・人と比べなくなる
意識して所有物を少なくすれば、誰も勝つことの出来ない「比較」というゲームから降りることができる
確かに。これは私のミニマリズム観でもある「己と向き合う哲学的教訓」と合致しますね。 人は誰しも他人と比べてしまい、嫉妬してしまいます。それが原動力となってより活動的になることは積極的に取り入れていきたいところですが、昨今の日本を見ていると嫉妬は凶悪な結果に繋がりかねません。そういった「比較」に基づく負の感情を抑えるためにも、この意識を大切にしなければならないような気がします。
自分の目的を基準に生き方を見つめる
ミニマリズムに決まった公式はないし、満たさなければいけない基準もない。
まさにこれ。
ミニマリズムを実践しようとして,この素晴らしさを共有してしまいそうになるけども,そこはグッと抑えて。あくまでミニマリズムは「自分と向き合う」哲学分野なのだから。他人に強制されたミニマリズムに価値は見出せないと思う。
— はるか (@haluki_biz) 2017年8月16日
自分にあったミニマリズムを実践することが最も正解に近いミニマリストなんだと私は思います。強制だめ、絶対。なので私はSNSでの「紹介」に留めるように意識しています。
消費社会の罠を知り尽くす
消費をあおる広告があふれ、とにかく買えば買うほど幸せになれるという考えを刷り込まれている。
ものをいくら買っても幸せにはなれない
いくら消費しても、「満足して幸せになれる」という約束は絶対に果たされない。過剰な消費は、むしろ私たちから自由を奪い、さらに物欲を刺激するだけだ。買わなければという焦りが重荷になり、そして後に残るのは後悔だけだ。
買っても買っても、比較ゲームに巻き込まれ、精神を削られていく。なぜなら、仮に最新版の商品を買ったところで、半年後にはまた新しい、画期的な商品が発売されているから。
安心と快適を混同してものを集める誤り
私たちは、「必要なもの」と「欲しいもの」の区別がつかず、「安心」と「快適」を混同している。その結果、安心のためという理由でものを山のように溜め込むことになるのだが、本当は快適のため、または快楽のためにため込んでいるのだ。
なるほど。
確かに「必要なもの」と「欲しいもの」の区別は難しいですよね。特にセールとかされていると意識せずモノを買ってしまったりしてしまいます。
いかがでしたか。
個人的には私のミニマリズム観はどうやら旧式を既に乗り越えていたことがわかりましt
3行で要約しますと、
ストーリー形式である夫婦がミニマリストに目覚め、ブログで全米に発信し、バズったから本にしたよ。他にもブログでこんな人の成功体験があるよ。自分が実践していたら自然と周りも興味を持ってくれるよ。
って内容でした。
ちなみにこちらです。
以上